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底抜けブラックバス大騒動
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| ジャンル: | 本
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| セールスランク: | 333730 位
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| 発送可能時期: | 通常24時間以内に発送
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| 参考価格: | ¥ 1,260 (税込)
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大学教授の品格とは?
なんか感想を書くのが虚しくなる本。大学教授として品格をまず問いたい。
意見を言う事は自由であるがヒトをアホ呼ばわりしてまで本にする価値があるのだろうか?フライの雑誌社から水口さんの「魔魚狩り」と言う本も出ているがこれも水口氏が相手をアホ呼ばわりしている。あえて喧嘩を売っているのでしょうか?研究者であれば、研究者として論文やデータをもとに論争すれば良い訳です。闇雲に外来種や移入種を導入することに対しては異を唱えていますが、入って来てしまったものはしょうがないと言う立場です。そして駆除なんか出来ないと。左の朝日と右の産経が同じ論調でブラックバスを論ずると大政翼賛だと言われるし。。。
また池田さんに掛かるとすべてが利権になってしまうようで、ブラックバスの駆除は利権だし、タイワンザルとニホンザルの交雑による遺伝子交雑は霊長類研究者が困るから利権だと言う。そして交雑サルを研究者が殺せてと言う、それを税金ででやらせる事はナチズムだと言う。(人間のクローンが出来たら殺せというのかと詭弁で論を展開する)
キャッチアンドリリース禁止みたいなムチャクチャな条例を作って釣り人をいじめて喜んでいる人も別の意味で人間のクズだけどね。(P105)
少しはためになったかな?
外来種駆除、とくにブラックバス駆除に対する反論の書だと思って読んでみたのだが、感傷的ロマンチシズムで取り組んでいる駆除派をおちょくっているだけのように見受けられた。科学者の余技といえば余技。マンガといえばマンガ。その意味ではおもしろく読めた。ただ、論を張る前提から間違ってるのでは? と疑問を抱かざるを得なかったので、すごく落ち着かない「笑い」であった。
80年代に「あらゆる原子力開発に反対」を唱えた大勢の知識人たちに対して、たったひとり「それでも科学者の研究意欲まで止めることはできない」「放射能はもともと自然にあったものだ」「汚染が嫌なら汚染物をロケットに積んで宇宙の果てに飛ばしてしまえばいい」など勇気ある発言をした、科学者のはしくれでもあった吉本隆明という思想家がいる。
「大政翼賛会」という言葉を池田先生が使ったのは、国家権力の傘にある多数派によって少数派をパッシングすることの比喩だったのだろうが、先生の場合は、吉本隆明や戦前戦中の根性のある少数派と違って、釣具で大もうけしている商業主義のお先棒を担いでいるとしか見えないために「比喩」が成り立たず誤解を受ける。
被害の因果関係が証明がされていない、というスタンスでバス駆除運動を魔女狩り扱いするのは一見かっこいい。けれど、かつて公害病で苦しんでいた人たちはこんな見解で苦しみを倍化させてきたのではなかったか。いまはまだ致命的な被害は出ていないかもしれない。けれどこのような経験を踏まえて危機意識を募らせないわけにはいかないのだ。不自然なこと(攻撃的な外来種の意図的な導入)に肩入れするのはやがて悲劇を招く。
「自然は人間のために準備された倉庫である」という、?な発言をした18世紀ごろの西欧の科学者のテツを踏んでいるようにも思えた。
一連のブラックバス想像を指弾し,自然とは何かを問い直す快著ーー本全体から主張をきちんと掴めるかどうかによって評価がわかれる本
根拠もなくブラックバスを悪者と決めつけ排除しようとする風潮を一刀両断にする快著。この本を読んで,ブラックバスを巡る言説はいかにも科学的なフリをしているが,その内実はいかに「底抜け」であるかがよくわかった。世間の風説により,なんとなくブラックバスは多くの在来種を絶滅に追いやっているのかと思っていたが,「実際に,ブラックバスによって絶滅した在来種は1種類もない」とは目から鱗であった。
著者の池田清彦氏は自然保護に反対しているのではない。そうではなく,「自然保護」という正義の錦のもとで進められる「底抜け」の感情論に待ったをかけているのである。事実,著者は「もちろん在来種を守るためには,外来種が入らないようにすることは良いことだ」と言っている。しかし,一度入ってきてしまった以上,外来種はモノではなくコト(生き物)であるために,いくら殺しても減らすことはできないという言われてみれば当たり前の事実を,的確に指摘している。その上で,そのような半永久的な公共事業に,我々の血税を垂れ流しにし続けることが,いかに愚行であるかを指摘しているのである。そういった全体の論理をきちんと追わないとーー「木を見て森を見ず」になってしまいーー,一見すると矛盾した内容にみえる箇所もあるので,読むときには本全体から主張を掴むよう心がけた方がよいだろう。
我々人間も外来種であり,八郎潟は人造湖であり,里山ですら人口的に作られたものであるなど,いわれてみるとハッとすることも多い。「外来種が撲滅されるべき」というならそれを主張する人がまず自殺せねばならないことになる。里山は原風景となっているため昔からあったと思い込んでいるが,実はそうではないのだ。それを守りたいというひとは自由にすれば良いが,やはり税金を使ってやるようなことではないのだ。「自然とは何か」をあらためて考えさせられるという意味でもお勧めの本である。
底抜けはどちらか
私は素朴なバス反対派だが、かねてからバス擁護派の言い分というものを知りたいと思っていた。以前、水口憲哉『魔魚狩り』を読んでみたが、内容に乏しく、失望させられた。 本書は、生物学者によるものゆえ、同書よりはましな議論がなされているだろうと期待して買ったが、おおハズレ。しかも水口氏ほど態度が真面目ではないので、不快感倍増。 他のレビュアーの方も書いていたように、主張に矛盾が目立つ。生物多様性の保全は絶対的原理ではないと言いつつ、いろいろな生物がいた方がいいと言う。外来種がいても大変なことにはならないと言いつつ、なるべく新しいやつはどんどん規制したほうがいいと言う。生物は食われてもすぐに増えると言いつつ、小笠原はグリーンアノールのせいで昆虫がいなくなっているので駆除すべきだと言う。 外来種を排除する思想はナチズムであるというのも、タイワンザル問題に対してならわからないでもないが、ブラックバス問題に対して使うのは論点のすり替えではないか。「ナチズム」という安易なレッテル貼りも不快である。「結局大臣の一言で決めてしまうのだから、これは独裁みたいなものだ」というのもそう。こういうのはリーダーシップと評すべきではないか。 朝日と産経がこの問題では同意見で不気味だ、大政翼賛会的だというのも変。両紙には政治的な対立はあっても、共通する価値観もあるからだ(ちなみに大政翼賛会は著者の言う「戦争反対と一言でも言った人をみんなでいじめ抜くために政府が作った組織」ではない。若い人にいいかげんなことを教えないでほしい)。池田氏にもこうした本を出版する自由があるではないか。妙な被害者づらはやめてほしい。 あと、この本の内容はQ&A形式なのだが、Qが常にAと同じ内容なので、全然Q&Aになっていない。自分でQもAも書いているのかもしれないが、もう少しどうにかならなかったのか。学校の教科書みたいなでっかい活字も読みにくくてしかたがない。もしかして、本当に子供向けの子供騙し? 昔、著者の『分類という思想』『構造主義的科学論の冒険』などには感銘したものだが、『正しく生きるとはどういうことか』のあたりからおかしくなってきたように思う。リバータリアンというのは無責任な放言者とは違うと思うのだが。
バサーの救世主となりえたか?
ブラックバスの問題は政治の問題だと著者は言う。しかし現実にブラックバスが生態系へと与えている影響は数々報告されている。それらが間違いだと言わなければ科学の問題であることは否定できないのに、本書の中では一つとして否定されていない。 たしかに本書は、文字も大きく文章も読みやすい。著者は、専門的知識をもたない一般読者を一般常識でわかるような話で引き付ける。その時、当たり前の見方でなく、ちょっと個性的に見せて、そこで読者をさすがは大学の先生だ、と信頼させて、自分独自の世界へ(読者の知識の及ばぬ世界へ)引きずり込んでいく。そしていつの間にか、飛躍した結論へと読者を導いていく。だから、突拍子もないことまで、妄信してしまう人もいるだろう。ブラックバスが特定外来生物に指定され、冷たい目で見られがちなバサーならばなおさらかもしれない。 しかしその実態は、口達者に本質を誤魔化し、信ずるものを誤った方向に導かんとするプロパガンダ本であることを指摘しておいたほうが良いだろう。
つり人社
ブラックバス移殖史 (つり人ノベルズ) 魔魚狩り―ブラックバスはなぜ殺されるのか ブラックバスがいじめられるホントの理由―環境学的視点から外来魚問題解決の糸口を探る ぼくがバス釣りをやめた理由―在来種を滅ぼす侵略者を止めろ! わたし琵琶湖の漁師です (光文社新書)
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